妊娠中の女性の体では、さまざまな変化が起こります。体調が安定しないことに不安を感じる妊婦さんも少なくありません。特にお口に関しては、女性ホルモンのバランスが乱れたり、つわりによる影響で口腔ケアが疎かになったりすることで、虫歯・歯周病リスクが上昇する点に注意しなければなりません。
妊娠すると、全身状態や生活習慣が変わることで、虫歯や歯周病になりやすくなります。赤ちゃんを胎内で発育させるためにホルモンバランスが変化し、お口の中では唾液の粘り気が高まるため、口腔内の自浄性が低下して、プラークの増加が起こります。その結果、虫歯菌や歯周病細菌が増殖しやすい口内環境になります。その他にも、つわりのため一度に食べられず間食が増えたり、歯磨き自体が疎かになったり、吐き気や嘔吐による胃酸で、口内が酸性になり、歯が溶けてしまうなど様々な要因が関係しています。
妊娠性歯肉炎は、妊娠中のホルモンバランスの変化によって生じる歯肉炎です。妊娠中は女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロンなど)の分泌が盛んになり、このホルモンを好む細菌がお口の中で増えることにより、歯肉炎になりやすくなります。 症状自体は、通常の歯周病とほぼ同じで、妊娠5~20週頃から歯ぐきの腫れや出血が起こります。出産後、ホルモンのバランスが落ち着くと治りますが、そのままお口の中を不潔にしておくと、軽度歯周炎へと進行していきます。
虫歯菌や歯周病菌がお口から体内に入り込んでしまうと、妊娠37週未満で出産してしまう早産や、新生児の体重が2,500gに満たない低体重児出産を引き起こす可能性があるといわれています。歯周病の妊婦さんは、早期低体重児出産リスクが7倍になると言われています。タバコやアルコール、高齢出産などよりもはるかに高い割合です。(日本臨床歯周病学会「歯周病と妊娠」参照)これは、歯肉の炎症反応で産出される物質や歯周病菌が母体に影響を与えると考えられています。
妊娠中の虫歯は、赤ちゃんを出産した後にも影響が生じます。生まれたばかりの赤ちゃんのお口の中には、虫歯菌はいません。虫歯の原因菌は、赤ちゃんと接している大人からうつるといわれていますが、その原因のほとんどは母子感染と考えられています。例えば、口移しで食べさせることはもちろん、離乳食やスープなどお母さんと同じ食器やスプーンを使うことで、お母さんの唾液に混じった虫歯菌が、それらを介して赤ちゃんの口にもうつってしまうのです。感染のリスクを低くするには、食器を分けたりお母さんが持つ虫歯菌の量を減らすことも重要です。
歯の治療を行う最適な時期は、妊娠中期「妊娠5〜7ヶ月」(妊娠16週~27週頃まで)です。妊娠初期は、胎児の重要な器官が形成される時期であり、できるだけ安静に過ごすことが大切です。妊娠後期には、治療を受ける体位が母体の負担になってしまうため、この時期の治療も避けることが望ましいです。
ただし、虫歯や歯周病を放置した場合のデメリットが治療した場合のデメリットを上回るようなことがあれば、安定期ではなくても治療を実施することもあります。
妊娠中でも虫歯や歯周病など気になる症状があれば、安定期に一度歯科医院を受診しましょう。その時に妊娠している事は、必ず事前に伝えましょう。妊娠の状況に応じて母体や赤ちゃんへの健康や安全に最大限配慮した診療を行います。
現在の歯科のレントゲンおよびCT検査による被ばく量は、医科の検査の数十分の一から数百分の一にとどまることから、妊娠中でも問題なく検査を受けることができます。また、歯のレントゲンは、撮影したいお口の部分と性腺や子宮からは離れていることや、撮影時には防護用のエプロンを着用するため胎児への放射線の影響もほとんど心配いりません。
一般的に歯科治療で使われる麻酔は局所麻酔であり、母体である妊婦さんの胎盤を通じて麻酔薬がお腹の中の赤ちゃんに届けられてしまうことはありません。そのため、妊娠中でも麻酔を使って問題なく歯科治療を受けることが出来ます。笑気(しょうき)麻酔に関しては、薬理作用が全身に及ぶことから、胎児の発育に影響を与えかねない妊娠初期は避けて、母子ともに状態が安定する妊娠中期に使用するのが望ましいです。
笑気麻酔…鎮静、睡眠、鎮痛作用を持つ笑気を吸入することで、リラックスした状態になり、痛みを感じにくくなる吸入麻酔薬の一種
妊娠中は、体に影響の少ない抗生物質・鎮痛薬を処方するようになっていますが、中には悪い影響を及ぼす薬もあるため、妊娠中は自己判断で薬を使わないようにしましょう。特に妊娠4週から7週は、赤ちゃんの中枢神経、心臓、消化器、肢体などの体の重要な器官が形成されるため、妊娠8週以内での薬の使用は慎重に行いましょう。
鎮痛薬については、イブプロフェンやロキソプロフェンなどの解熱鎮痛剤は、妊娠中に使用すると流産を引き起こす可能性が報告されていたり、胎児動脈管早期閉鎖という胎児の心不全を引き起こしたりすることから、妊娠後期(28週以降)は禁忌とされています。妊娠中のお薬については、医師に相談のうえ、用法容量を守って使用しましょう。
妊娠中も、口腔ケアを欠かさずに行うことが大切です。きちんと歯を磨いて口腔内を清潔に保っていれば、歯肉炎予防につながり、発症した場合も軽度で済みます。しかし、つわりがひどい時期は、歯みがきすら難しい場合もあると思います。つわりの時は無理はせず、体調の良い時にお口のケアを行いましょう。
どうしても歯磨きが難しい場合は、食後に水を飲んだり、洗口液(マウスウォッシュ)を利用したり、キシリトール配合のタブレットやガムを噛んで唾液の分泌を促すのもオススメです。寝ている間は、唾液の分泌量が減るので、口の中の細菌が増えやすく、虫歯や歯肉炎になりやすい状態です。つわりで歯磨きが難しい場合でも、できる限り就寝前は、洗口液ですすぐなどのケアで代用し、安定期に入ったら積極的に妊婦歯科検診を受けましょう。
妊娠中は、女性ホルモンのバランスが乱れたり、つわりによる影響で口腔ケアが疎かになったりすることで、虫歯・歯周病リスクが上昇してしまいます。普段通りの歯のケアを行っていても虫歯や歯周病になってしまうこともあるため、安定期に入ったら積極的に妊婦歯科検診を受けましょう。
お口の事で気になることがある場合は、治療の最適な時期である「安定期」に歯科医院を受診しましょう。お口のケアをすることは、大切な赤ちゃんを様々なリスクから守る事にもつながります。妊娠中もできる限り口腔ケアを欠かさないようにしましょう。
記事監修 Dr.中野 純嗣
なかの歯科クリニック
院長 中野 純嗣